「ダックスフンドはしつけが難しい」という声をよく耳にします。確かにダックスフンドは、犬種のしつけやすさランキングで上位に来ることはほとんどありません。しかし、これは決してダックスフンドが頭が悪いということではありません。むしろダックスフンドは非常に賢い犬種であり、その「頑固さ」は猟犬として独立して判断する能力の表れなのです。
ダックスフンドのしつけを成功させるカギは、この犬種の性格と本能を正しく理解し、それに合ったアプローチを取ることです。この記事では、動物行動学とポジティブ強化トレーニングの原則に基づき、ダックスフンドに効果的なしつけの方法を基礎から実践まで解説します。
ダックスフンドの性格を理解する|しつけの第一歩
猟犬としてのルーツ
ダックスフンドは元々、アナグマ猟のために作出された犬種です。地中のアナグマの巣穴に入り、自分の判断で獲物を追い詰める仕事をしていました。この歴史的背景が、現代のダックスフンドの性格に深く影響しています。
独立心が強い: 地中では飼い主の指示が聞こえません。自分で考え、自分で判断する能力が求められました。この自立心が「頑固さ」として現れることがあります。
勇敢で大胆: 自分よりはるかに大きなアナグマに立ち向かう勇気を持つ犬種です。そのため、体の大きさに似合わない堂々とした態度を取ることがあります。
鋭い嗅覚と執着心: 一度匂いに集中すると、なかなか切り替えが効きません。散歩中に匂いを嗅ぎ始めると、呼んでも無視することがあるのはこのためです。
警戒心と吠える傾向: 巣穴の中から飼い主に獲物の位置を知らせるために吠える習性がありました。現代では、来客やインターフォンの音に反応して吠えやすい傾向として残っています。
しつけにおける重要な心構え
ダックスフンドのしつけで最も大切なのは、叱らない、罰を与えないということです。ダックスフンドは非常にプライドが高く、感受性の強い犬種です。大きな声で怒鳴ったり、体罰を加えたりすると、飼い主への不信感が生まれ、かえって問題行動が悪化します。
また、ダックスフンドは「自分にとってメリットがあるかどうか」で行動を判断する傾向があります。だからこそ、ポジティブ強化(望ましい行動をしたときに報酬を与える)が最も効果的なアプローチなのです。
ポジティブ強化トレーニングの基本原則
ポジティブ強化トレーニングは、科学的な学習理論(オペラント条件づけ)に基づいたトレーニング手法です。望ましい行動に対して報酬(おやつ、褒め言葉、遊び)を与えることで、その行動が繰り返される確率を高めます。
報酬の種類と使い分け
フードリワード(おやつ): 最も効果的で即効性のある報酬です。ダックスフンドは食べることが大好きな犬種なので、おやつの効果は絶大です。トレーニング用には小さく(小指の爪サイズ)、柔らかく、すぐに食べられるものを選びましょう。通常のおやつとは別に、トレーニング専用の「特別なおやつ」を用意すると、モチベーションがさらに上がります。
言葉の褒め: 「いいこ」「グッド」など、短く明るい声での褒め言葉。おやつと組み合わせて使い続けることで、言葉の褒めだけでも報酬として機能するようになります。
遊び: おもちゃ遊びやなでることも報酬として使えます。犬によって好みが異なるため、愛犬が最も喜ぶ報酬を見つけましょう。
トレーニングの基本ルール
- 1セッションは5分以内: ダックスフンドは集中力が長く続きません。短い時間で集中して行い、「もっとやりたい」と思う段階で終了するのがベストです
- 必ず成功で終わる: 難しいことに挑戦させた後は、確実にできる簡単なコマンドで締めくくり、たくさん褒めて終了します
- 一貫性を保つ: 家族全員が同じコマンド、同じルールを使います。「パパはソファOKだけどママはNG」では犬は混乱します
- タイミングが命: 行動から0.5〜2秒以内に報酬を与えないと、犬は何に対して褒められたのか理解できません
クリッカートレーニングの活用
クリッカーは「カチッ」という音を鳴らす小さな道具で、正しい行動の瞬間を的確にマークできます。おやつを取り出す前にクリッカーを鳴らすことで、「今のその行動が正解だよ」というメッセージを0.1秒の精度で伝えられるため、犬の学習スピードが格段に上がります。
使い方:
- まず「クリック音=おやつ」という関連付けを作ります。クリッカーを鳴らして、すぐにおやつを与える作業を20〜30回繰り返します
- 犬がクリック音に反応するようになったら、望ましい行動の瞬間にクリッカーを鳴らし、続いておやつを与えます
- 「クリック→おやつ」の順番は必ず守ります

PetSafe クリッカー
特殊なヒンジ構造で常に開いた状態を保つトリーツポーチとセットで使えるPetSafeのクリッカー。軽量で持ちやすく、明瞭な音で犬に正確なタイミングを伝えられます。ポジティブ強化トレーニングの必須アイテム。
基本コマンドの教え方
「おすわり(Sit)」
最も基本的で、最初に教えるべきコマンドです。
- おやつを手に持ち、犬の鼻の前に近づけます
- おやつをゆっくり犬の頭の上に移動させます。犬はおやつを目で追い、自然とお尻が下がります
- お尻が地面についた瞬間に「おすわり」と声をかけ、すぐにおやつを与えます
- これを繰り返し、犬が「おすわり」の声でお尻を下げるようになったら、手の動き(ルアー)を徐々に小さくしていきます
- 最終的には声だけで座れるようにします
ダックスフンドのコツ: ダックスフンドは胴が長いため、おやつを高く上げすぎると後ろ足で立ち上がろうとすることがあります。おやつの位置は鼻の少し上程度にとどめましょう。
「まて(Stay)」
おすわりができるようになってから教えます。
- おすわりの状態から、手のひらを犬に向けて「まて」と言います
- 最初は1秒待てたら褒めておやつを与えます
- 徐々に時間を延ばし、3秒→5秒→10秒→30秒と段階的に難易度を上げます
- 時間を延ばせたら、次は飼い主が1歩離れることにも挑戦します
- 距離も徐々に延ばしていきます
重要: 「まて」を解除する「よし」や「OK」のコマンドも教えます。犬が自分の判断で「まて」を解除しないよう、必ず解除のコマンドで終了する習慣をつけましょう。
「おいで(Come)」
呼び戻しは、安全のために最も重要なコマンドのひとつです。
- 短い距離から始めます。犬と1〜2メートルの距離で、名前を呼んでから「おいで」と明るい声で言います
- 犬が近づいてきたら、大げさに褒めて特別に美味しいおやつを与えます
- 「おいで」のコマンドは、必ず「良いことが起きる」と結びつけるのが最重要です。絶対に「おいで→叱る」「おいで→嫌なこと」というパターンを作らないでください
- 徐々に距離を伸ばし、室内から庭へ、庭からリードをつけた散歩中へとステップアップします
ダックスフンドの注意点: ダックスフンドは嗅覚が鋭く、匂いに夢中になると飼い主の声が聞こえなくなることがあります。「おいで」の練習は、まず刺激の少ない室内から始め、少しずつ環境の難易度を上げていくのが鉄則です。
無駄吠え対策|ダックスフンド最大の課題
ダックスフンドの飼い主が最も悩む問題のひとつが、無駄吠えです。2019年の研究(Scientific Reports)でも、ダックスフンドは最も吠えやすい犬種のひとつとして報告されています。
なぜダックスフンドは吠えるのか
- 警告吠え: 来客、インターフォン、通行人に対する警戒心からの吠え。猟犬としての「異変を知らせる」本能に由来します
- 要求吠え: 食事、散歩、遊び、抱っこなどを要求するための吠え
- 興奮吠え: 散歩の準備中や来客時に興奮して吠える
- 不安吠え: 留守番中に飼い主と離れることへの不安から吠える(分離不安)
効果的な対処法
「吠えない」を教えるのではなく、「代わりの行動」を教える: 犬に「吠えるな」と言っても通じません。代わりに、「吠える代わりに何をすればいいか」を教えます。
インターフォンへの吠え対策の例:
- インターフォンが鳴ったら、犬にベッドやマットに行くよう教えます(「マットへ行け」コマンド)
- マットの上にいる間はおやつがもらえることを学習させます
- 最初はインターフォンの音なしで「マットへ行け」を練習し、できるようになってからインターフォンの音を加えます
- 繰り返すうちに、インターフォン=マットへ行く=おやつ、という習慣に変わります
要求吠えへの対処:
- 吠えている間は完全に無視します(目を合わせない、声をかけない、触らない)
- 吠えるのをやめて静かになった瞬間に褒めておやつを与えます
- 最初は「吠えてから静かになるまでの時間」が長くなることがあります(消去バースト)。ここで折れて反応してしまうと、「もっと激しく吠えれば反応してもらえる」と学習するため、一貫して無視を続けることが重要です
注意: 長時間吠え続ける、留守番中にずっと吠えている、体を震わせながら吠えるなどの場合は、分離不安の可能性があります。分離不安は単なるしつけの問題ではなく、行動医学的なアプローチが必要な場合があるため、獣医師や動物行動学の専門家に相談してください。
噛み癖の矯正
子犬の甘噛み
子犬期の甘噛みは、歯の生え替わり(生後4〜6ヶ月)に伴う自然な行動です。歯茎のむずがゆさを和らげるために物を噛みたがるのは本能であり、この行為自体を完全に止めることは適切ではありません。大切なのは「何を噛んでいいか」を教えることです。
手を噛まれたときの対応:
- 「痛い」と短く低い声で言い、すぐにその場を離れるか、遊びを中断します
- 10〜15秒間、犬を無視します
- 落ち着いたら遊びを再開し、噛んでいいおもちゃを提示します
- おもちゃを噛んだら褒めます
用意すべきおもちゃ: 冷凍可能なゴム製おもちゃ(コングなど)は、冷やすことで歯茎の痛みを和らげる効果もあります。さまざまな硬さ・素材のおもちゃを複数用意し、犬が飽きないようにローテーションで与えましょう。
成犬の噛み行動
成犬になっても噛む場合は、ストレス、退屈、恐怖、痛みなどが原因として考えられます。口腔内の問題(歯の痛み、歯周病)が原因で噛む場合もあるため、まず獣医師の診察を受けてから行動面の対策を検討しましょう。
トイレトレーニング|ダックスフンドの攻略法
ダックスフンドのトイレトレーニングは、多くの飼い主が苦労するポイントです。一般的に、ダックスフンドは他の犬種と比べてトイレの覚えが遅いとされています。これは知能の問題ではなく、「自分の判断で行動したい」という性格的な特性が影響しています。
成功率を高めるためのポイント
トイレの場所を限定する: 子犬のうちは行動範囲を狭く制限し、サークル内でトイレの成功体験を積み重ねます。最初から広い部屋で自由にさせると、トイレの場所を覚えにくくなります。
パターンを読む: 犬がトイレに行きたくなるタイミングは決まっています。起床直後、食後15〜30分、遊びの後、昼寝から目覚めた後。これらのタイミングでトイレに誘導し、成功したらすぐに褒めておやつを与えます。
匂いを活用する: トイレシーツに少量の排泄物の匂いを残しておくと、犬はその場所がトイレだと認識しやすくなります。逆に、失敗した場所は消臭スプレーで徹底的に匂いを消しましょう。
失敗を叱らない: トイレの失敗を叱ると、犬は「排泄すること」自体を悪いことだと学習し、飼い主の見ていないところで隠れて排泄するようになります。これは状況を悪化させるだけです。
散歩中の引っ張り対策
ダックスフンドは好奇心旺盛で嗅覚が鋭いため、散歩中に匂いを追って引っ張ることがよくあります。小型犬だから力が弱いと思いがちですが、ダックスフンドの引っ張り力は意外と強く、特に腰への負担を考えると、引っ張り対策は健康管理の面からも重要です。
リーダーウォークの教え方
- 「引っ張ったら止まる」ルール: 犬がリードを引っ張ったら、立ち止まって動かなくなります。犬が振り返ってリードが緩んだ瞬間に歩き始め、褒めながらおやつを与えます
- 方向転換: 犬が前に引っ張ったら、黙って反対方向に歩き出します。犬があなたについてきたら褒めます
- ポジション・マーキング: 犬がちょうどよい位置(飼い主の横)を歩いているときに、クリッカーを鳴らしておやつを与えます。「横を歩く=いいことが起きる」と学習させます
ハーネスの活用
ダックスフンドの散歩には、首輪よりもハーネスの使用を強くおすすめします。首輪で引っ張ると頚椎に負担がかかり、IVDDのリスクを高める可能性があります。胸で荷重を受けるY字型ハーネスが、ダックスフンドの体型に最も適しています。

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よくある質問(FAQ)
Q. ダックスフンドのしつけは何歳から始めるべきですか?
早ければ早いほど良いです。子犬を迎えたその日から、基本的なルール(トイレの場所、噛んでいいものといけないもの、名前の認識)のトレーニングを始められます。本格的なコマンドトレーニングは生後8〜10週齢から可能です。ただし、子犬の集中力は短いので、1回のセッションは1〜3分程度にとどめましょう。「しつけは子犬のうちに」とよく言われますが、成犬になってからでも遅くはありません。成犬のトレーニングは子犬より時間がかかることがありますが、ポジティブ強化の原則は同じです。
Q. おやつばかり使っていると、おやつがないと言うことを聞かない犬になりませんか?
正しいトレーニング方法であれば、そうはなりません。おやつは初期の学習段階で行動を定着させるためのツールです。行動が安定してきたら、おやつを「毎回」ではなく「ランダム」に与えるようにします(変動比率強化スケジュール)。これはスロットマシンの原理と同じで、「次はもらえるかも」という期待感が行動を維持します。最終的には、おやつの頻度をさらに減らし、言葉の褒めやなでるなどの社会的報酬に置き換えていきます。
Q. ダックスフンドが留守番中に家具を噛んだり、トイレを失敗したりします。どうすれば?
留守番中の問題行動の原因はいくつか考えられます。退屈やエネルギーの発散不足が原因の場合は、外出前にしっかり運動や知育トイで遊ばせ、エネルギーを消費させてから出かけるのが効果的です。コングにフードを詰めて冷凍したものを与えると、長時間退屈しのぎになります。ただし、出かけるときに毎回大げさに声をかけたり、帰宅時に過剰に喜んだりすると分離不安を助長することがあります。出発も帰宅も淡々と行い、「飼い主がいなくなっても戻ってくる」という安心感を育てましょう。
Q. 多頭飼いでそれぞれにしつけをする場合のコツはありますか?
多頭飼いの場合、基本的には個別にトレーニングの時間を設けることが重要です。他の犬がいると気が散りやすく、犬同士の競争心や嫉妬が学習を妨げることがあります。各犬に1日5分ずつの個別セッションを設け、それぞれのペースで学習を進めましょう。全員がコマンドを理解してから、グループでの練習に移行します。食事時間を利用した個別の「おすわり」練習なども効率的です。
まとめ
ダックスフンドのしつけは、「頑固だから難しい」と諦めるものではなく、「賢い犬種だからこそ、正しいアプローチが効く」と前向きに捉えるべきものです。叱るのではなくポジティブ強化で教え、短いセッションを繰り返し、一貫したルールを家族全員で守ること。これがダックスフンドのしつけの基本です。
特に無駄吠えとトイレトレーニングは、ダックスフンドの飼い主なら誰もが通る道です。焦りは禁物です。犬のペースに合わせて、小さな成功を積み重ねていくことが、結果的に最も早い解決への近道になります。
しつけは義務ではなく、愛犬とのコミュニケーションの時間です。トレーニングを通じてお互いの理解が深まり、信頼関係が強まることで、ダックスフンドとの暮らしはさらに豊かなものになるでしょう。




